その棒はとてもすばらしく、ポルキーニョはとても気に入っていました。

 ちょうど良い長さで、持ち歩きながら振り回してみれば、風を切る音と共にその軽さを感じます。手触りも滑らかで、気が付くと、いつも愛おしくさすっていました。

 形はほぼ真っ直ぐですが、先端には小枝を切り落とした出っ張りがありました。また、手元の部分は少し膨らんでいて、しっかりと握ることできました。

 この棒を手に入れてから、ポルキーニョは自分もすばらしくなりたいと思うようになっていました。

(すばらしい棒)を見たバミットが、自分の(すばらしい筆)を自慢しながら言ったのです。

「このすばらしい筆を、ポルが持っていたって何の意味もない。絵を描くのがうまい俺が持つからふさわしいんだ」

 すばらしいものと、ふさわしい持ち主。

 なんて、すばらしい言葉なのだろうと思いながら、ポルキーニョはスキップを

します。スキップだって以前とは違います。よりリズミカルに速くできるように

なりました。スキップの勢いで、そのまま大きな水たまりを飛び越えられたときには、自分でもすごく驚いたものです。

 すばらしくスキップができるようになったのは、もちろん努力したからでした。さらには、努力する自分がすばらしいとも感じました。

 また、他にもポルキーニョは努力するようになりました。家にいるときは、ペンウッドの作業の手伝いをして、フィロのところではケーキ作りや魔法の手伝いをして、ジータのところでは野菜作りの手伝いをしました。

 それから、たまにバミットが絵を描く手伝いもしてあげました。

 すると、ポルキーニョはすばらしく手伝いが上手になり、ふと考えるようになったのです。

「おいらも、自分で何かをやってみよう! それは、きっとすばらしいことに違いない」

 三日くらい考えて、思いついたのは、魔法のビー玉のことでした。フィロに鑑定してもらってから、しばらくはポケットに入れて持ち歩いていたのですが、特に何も起きないので、そのうち小さな宝箱に入れて家の引き出しにしまったままになっていました。いくらフィロが魔法のビー玉だと言ってくれても、実感が沸かなかったのです。

 ですが、それはポルキーニョがフィロの言ったことを実行していないことも原因でした。

「ポル、あなたがこのビー玉の魔法を調べてみればいいのよ」

 フィロは、そう言っていました。

 すばらしい棒を手に入れたポルキーニョは、しっかりと魔法のビー玉を調べてみることに決めました。そして、みんなには「魔法のビー玉研究家」と名乗るようになりました。

 

◇◆◇

 

 いつものように、ポルキーニョがすばらしい棒を持ちながら道をスキップしていると、フワンに出会いました。

「やあ、フワン。何か手伝うこと、ある?」

 立ち止まったポルキーニョは、すばらしい棒を撫でながらたずねました。

 フワンは、相変わらずふわふわしながら答えました。

「いいや、特にないよ、ポル。ところで、ビー玉の研究は進んでいるかい?」

「うん。今朝もコップの中の水にビー玉を入れてみたんだけど、何も起こらなかった。もしかしたら、水が沸騰したり、甘くなったり、色が付くかもと思ったんだけど、何も変わらなかった。でも、おいらはもっと研究するよ」

「そうかい、それは大変だね。何かわかったら、ぼくにも教えてね」

「もちろん」

 二人は手を振って別れました。

 ポルキーニョは、フワンを見送りながら、すばらしい棒で地面に線を引きました。今日ここで、フワンと出会った記録です。いろいろなことを記録することは、研究家として大切なことだとフィロから教わりました。

 今日も、これからフィロの家に行って魔法のビー玉の研究について報告をする予定です。もちろん、フィロの家で紅茶やケーキをごちそうになるのも楽しみですが、(すばらしい棒)を手に入れてからは、ポルキーニョがフィロを自分の家に誘って紅茶をごちそうすることもありました。ケーキ作りまでは、さすがに一人ではまだできませんが。

 フィロの家に着いたポルキーニョは、バラが咲く門をくぐって花園を抜けると、ベルを鳴らしました。

 フィロが戸口に現れると、ポルキーニョは挨拶をしてから花園を振り返り、花の話をします。

「ポルは、花のことも詳しくなったのね」

 フィロにほめられたポルキーニョの頬が赤くなります。

「この(すばらしい棒)のおかげかな。おいら、この棒にふさわしくなりたいんだ」

「それは、いいことだわ。さあ、中に入ってお茶にしましょ。ビー玉のことを教えてちょうだい」

 ポルキーニョは、フィロに誘われて部屋に入ると、出された紅茶とシフォンケーキをいただきながら、魔法のビー玉の話をしました。まだ、何の魔法がビー玉にかかっているのか不明ですが、いろいろな魔法の効果を想像しながら実験するのは、とても楽しいことでした。

  そんなポルキーニョの話しを聞いたフィロは、魔法使いとして真剣な口調で語りました。

「ポル、あなたが考えた魔法の効果はね、ほとんどが実際に魔法でできるのよ。でもね、そのためには正しく準備をして正しく呪文を唱えなくてはならないの。それには、時間も知識も材料もたくさん必要よ。だけど、そのビー玉にはもともと魔法がかかっている。きっかけさえあれば、何かが起こるはずなの。すばらしいビー玉だわ」

「でも、どんな魔法かわからないんだよね」

「そうね。でも、どこの魔法使いが魔法をかけたのかわからないけれど、手間をかけたことには違いないわ。きっと、意味のある魔法だとおもう」

 フィロのはっきりとしない言い方にポルキーニョは戸惑いましたが、横に置いてある(すばらしい棒)を手にすると、なぜだかまたがんばろうと思うのでした。

「ところで、フィロ。何か、手伝えることとかある? 何でも言って」

「そう、ありがとう。実は、魔法で使う材料を採ってきて欲しいのよ。東の岩場にあるキキョウの花よ」

「はい、わかりました」

 フィロはポルキーニョの鼻を優しく撫でながら、最近のポルキーニョはよく手伝いをしてくれて(すばらしい)と思いました。けれども、何かがポルキーニョらしくないとも感じていました。

「きっとポルは、がんばりすぎなのね」

 フィロは、ポルキーニョを見送りながら呟きました

 

   ◇◆◇

 

 フィロの家をあとにしたポルキーニョは、スキップをしながら岩場へ向かいました。手にした(すばらしい棒)を振りながら、何気なく歌い始めます。スキップがリズムを生み、できあがった曲と歌詞です。

 

 こまかいステップどこ行くの

 この道まっすぐ丘こえて

 宝箱引くイヌ

 野菜が好きウサギ

 からかうリス

 おいらはブタさ

 聞きたいことは、たったひとつ

 いとしのあの娘はどこなのさ

ステラポテラ トコトコ

 リリル ラ カテル

 ポルキーニョ

 

 ポルキーニョは、ポケットからビー玉を取り出しました。今度は、ビー玉に向かって歌ってみます。実験です。

 すると、ビー玉には変化が無かったものの、どこからか妖精が現れました。妖精たちは八人もいて、それぞれがベルを持ちながら飛び回っています。

 妖精たちは、あっという間にポルキーニョを取り囲んでベルを鳴らし始めました。その騒々しさに、ポルキーニョは(すばらしい棒)を振り回して追い払おうとしましたが、妖精たちは器用にかわしながらポルキーニョをからかいます。

「あなた、音痴ね。歌、下手ね」

 妖精たちが笑います。ですが、歌が下手だと言われてもポルキーニョはあまり気になりませんでした。なぜなら、人に聞かせるためではなく、ただ気持ちよく自分が歌うための歌なのですから。

「おいら、もう行くからね」

 妖精はいたずら好きだと知っているので、ポルキーニョは怒るわけでもなく、そっけなくその場を抜け出そうとしました。

 ところが、妖精たちはまたポルキーニョを囲んで、ベルを鳴らし始めました。

「待って。やっぱり、あなたの歌は素敵よ」

「歌うけど、おいら一人でいいよ」

 ポルキーニョはスキップをしながら再び歌い出しましたが、妖精たちも騒々しくベルを鳴らしながらついて来ます。

 始めは、それをうるさいとしか思えないポルキーニョでしたが、しばらくすると不思議なことが起こりました。バラバラだったベルの音が次第にポルキーニョの歌のリズムに合ってきたのです。

 八個のベルが、代わる代わる音を鳴らします。それは、歌うポルキーニョを心地よく感じさせました。まるで、ポルキーニョと妖精たちの音楽会のようです。自然と、手に持っていた(すばらしい棒)を音楽に合わせて振り始めます。

 ポルキーニョは思いました。歌もすばらしく歌えるようになりたいと。

 わずかな時間でしたが、ポルキーニョは軽快にスキップをしながら、夢中で妖精たちのベルに合わせて歌いました。そして、ほどなくしてポルキーニョが疲れて歌うのをやめると、妖精たちはいなくなりました。

 

 岩場に到着すると、そこは草木がまばらに広がるだけの寂しげな場所でした。ポルキーニョは、こんな場所に花なんか咲いているのかと思いましたが、岩壁に沿って上を見上げると、風にさらされる斜面の所々に青紫色の花が咲いているのを見つけました。あれが、キキョウの花のようです。

 ポルキーニョは、ポケットからビー玉を取り出すと、この場でどんな魔法があれば便利か考えてみました。

「そうだな、おいらが魔法使いだとしたら、こんなとき空を飛べる魔法を使うかな」

 ポルキーニョは、まるでビー玉に語りかけるように独り言を言いましたが、ビー玉は光るわけでもなくポルキーニョを浮かばせることもありませんでした。

「ま、これも実験さ」

 ポルキーニョは、ビー玉をポケットにしまうと(すばらしい棒)を手にしながら岩場を登り始めました。ですが、岩場を登るのには両手を使わないと無理だとわかり、諦めて(すばらしい棒)は岩に立てかけておくことにしました。

 岩場を登っていく間、強めの風がポルキーニョに当たりました。吹き飛ばされるほどではありませんが、気をつけながら登っていきます。

 下を見ると、登ってきた高さに身震いしますが、振り返って見れば遠くの景色まで見渡せました。さらに、空の様子にも気が付きました。遠くの空は晴れているのに、ポルキーニョがいる付近だけどんよりとした雲があります。

 雨が降りそうです。

 ポルキーニョは、キキョウの花を詰むと口でそれをくわえて、ゆっくりと降りていきました。途中で、ポケットのビー玉の魔法に期待して飛び降りてみようかとも思いましたが、実験は慎重にするべきだと考え直しました。

 岩場を降りきったポルキーニョは、(すばらしい棒)とキキョウを手に持って走り出しました。雨が降り出す前に帰りたいものです。

 

   ◇◆◇

 

 フィロの家に寄ってキキョウを渡したポルキーニョは、そのまま急いで家に向かいましたが、あいにく雨は降り出してきてしまいました。

「ああ、どこかで雨宿りしなくちゃ」

 空の具合から、おそらくは通り雨だと感じられたので、ポルキーニョは近くの林の中に駆け込みました。すると、そこには宝箱に座ったフワンがいました。

「やあ、ポル。君も雨宿りかい? この木の下だったら濡れないよ」

「急に降ってきたね。でも、すぐ止むでしょ。向こうの空は晴れているし」

「そうだね。ところで、ポルも座る?」

 ポルキーニョとフワンは宝箱に並んで座りながら、しばらく黙って雨を眺めました。雨は強く降っていて、木の葉や地面を打ち付けます。その音は、繰り返し繰り返し続きました。水たまりには、雨が落ちる度に小さな波紋ができていました。

 ポルキーニョは、ふと呟きました。

「雨って、丸いんでしょ」

「そうだね。でも、落ちるのが早いから目では見えないかな。でも、滴と同じ」

 フワンは、葉っぱからしたたり落ちる水滴を指さしました。

「雨がビー玉だったら、降ったあとの地面がとても綺麗になりそうだね」

 ポルキーニョは、真面目な顔で言いました。

「うーん、確かにそうだけど……。当たったら痛いよね」

 フワンの言うとおりでした。ポルキーニョは、思わず笑い出しました。そして、自分のビー玉をポケットから取り出して雨に当ててみました。

 二人でビー玉を見つめます。

「ポル、何も起こらないね」

「いや。雨が止みそうだよ。ビー玉のおかげかも。また、次に雨が降ったときに確かめてみるよ」

 ポルキーニョは、空を見上げて言いました。

 やがて雨が止むと、雲の合間から日が差してきました。すると、驚くことが起こりました。なんと、雨と入れ替わりに七人の妖精が降ってきたのです。妖精たちは、それぞれ色の違うカサを差しながらふわふわと降りてきます。

 雨宿りをしていた林の中で、ポルキーニョとフワンがぽかんと口を開けながら眺めていると、妖精たちは地面に降り立ち、カサを同じ方向に向けて並べ始めました。

 妖精を見るのが初めてだったフワンは、思わずポルキーニョを引っ張って茂みの中に隠れました。

「ポル……。あれって、妖精なの?」

「うん。でもね、妖精はいたずらをするから気をつけてよ」

 戸惑っているフワンに、ポルキーニョはひそひそと告げました。

 しばらくすると、妖精たちが並べたカサが輝き出し、七色の光が放たれました。それは、弧を描いて小さな虹になりました。ポルキーニョが知っている大きな虹とは違うものの、その小ささは妖精のカサのサイズに似合ったものでした。

 隠れていたつもりのポルキーニョたちの所へ、なぜか妖精たちが飛んできます。二人が身構える間もなく、妖精たちはくすくす笑いながら話しかけてきました。「さあ、虹をくぐるかどうか、決めてちょうだい」

 ポルキーニョはフワンと顔を見合わせて首を傾げると、素直に妖精にたずねました。

「それをくぐると、どうなるの?」

「ふふふ、秘密よ。くぐってからのお楽しみ」

 またかと、ポルキーニョは思いました。妖精のいたずらは、こりごりです。もう、このまま帰ろうかとも考えましたが、フワンの一言で気持ちが変わりました。

「ポル、何で妖精とふつうに話してるのさ。フィロと相談した方がいいよ。フィロは魔法使いだから、きっと助けてくれるよ。ねっ。ポルだけで、決めない方がいいって。ぼくだったら、絶対に妖精の言うとおりになんてしないな」

 ポルキーニョは、(すばらしい棒)を握りしめました。誰もやらないようなことを自分だけで決めてやるなんて、きっとすばらしい行動に違いありません。心の中に自信が沸いてくるのを感じます。今の自分なら、どんなことでもできそうな気がします。

「フワン。心配してくれてありがとう。でもね、おいらは自分で決める」

 勇気と自信と共に、虹への一歩を踏み出します。

「ねえ、妖精さん。おいら、くぐるよ。虹をくぐるなんて、不思議な感じだけね」

「不思議は、おもしろいのよ」

 妖精たちが、楽しそうに飛び回ります。

「ポル。ちゃんと帰ってくるよね? 大丈夫なんだよね?」

 不安を隠しきれずに、フワンが呼びかけます。それでも、ポルキーニョの気持ちは変わりませんでした。

 七人の妖精たちが、虹の両側に分かれて並びます。ポルキーニョは、その間をゆっくりと進んで虹の前まで行くと、心配そうな顔をして見つめるフワンに手を振りながら虹をくぐりました。

 

   ◇◆◇

 

 暗い、とても暗い場所でした。小さな虹のアーチをくぐった先に、踏み出した足の置き場はなく、戻ろうとしても間に合わず、ポルキーニョは落ちていきました。

 虹のアーチの出口は、地面からだいぶ上の空中だったのです。後からアーチをくぐった妖精たちが、空中で羽根を羽ばたかせながら、あららという表情でポルキーニョを見ています。

「ぎゃ!」

 悲鳴があがります。ですが、ポルキーニョの悲鳴ではありません。

 ポルキーニョは、悲鳴を上げる間もなく下まで落ちました。幸い落ちた場所が柔らかかったため怪我はしませんでしたが、それでも、恐怖と驚きで息を荒くしながらうずくまります。

「痛いなあ。君、どっから落ちてきたのさ。普通は、洞窟の入り口にあるベルを鳴らすものなんだけど?」

 声と共に炎が灯り、周りを照らしていきます。そこは、四方を石の壁に囲まれた大きな部屋でした。そして、声の主は、白くて大きな竜でした。ポルキーニョは、竜の背中の上に落ちたのです。

  ふいに聞こえてきた声に、ポルキーニョは怯えました。すがる気持ちでそばにあるふさふさしたものにしがみつきましたが、それが竜の体だと気がつくのにさほど時間はかかりませんでした。

 見上げた先に、竜の顔があります。

 頭には枝分かれした二本の角が生えていて、体は白い毛で覆われています。背中には、部屋の中で広げることはできないであろう、畳まれた大きな翼がありました。

 その姿はともて美しく、恐怖よりもポルキーニョの心を引き付けました。見た瞬間は驚いて悲鳴を上げそうになりましたが、竜の姿はそれをだんだんと落ち着きに変えていってくれました。

 ポルキーニョに、考える余裕が生まれました。

 それにしても、ここはどこなのか。見たことのない大きな生き物が、自分を見下ろしています。遙か上には空中に浮かぶ虹のアーチが見えました。そこから竜の体の上に落ちたのだとわかりましたが、虹のアーチに戻る方法がわかりません。

 そんな、不安な気持ちでよろつくポルキーニョの足に、地面に転がっていた(すばらしい棒)が触れました。ポルキーニョは、とっさに(すばらしい棒)を拾い上げて握りしめました。そして、勇気を出して叫びます。

「おいら! おいら、帰りたい!」

「ん? 私と旅に出るために来たのではないの?」

 話がかみ合わずにお互い戸惑いますが、先に緊張を解いたのは竜の方でした。

 竜は穏やかな声で笑いました。

「そんなに緊張しなくてもいい。私たちに必要なのは、会話することだよ」

 ポルキーニョは、体の力が抜けていくのを感じました。わずかな安心感ですが、それがきっかけとなって張り詰めていた緊張が解けたのです。 

 竜の名前は、シルタムでした。

 ポルキーニョとシルタムは少しずつ言葉を交わし、やがてポルキーニョは竜が話す内容に引き込まれていきました。

「さあ、ポルキーニョ。君も他のみんなと同じように私と旅に出よう! 君を背中に乗せて、好きなところへ飛んで行ってあげる」

 初めて見る光景。そして、思い馳せる未知の世界。それは、とてもすばらしい誘いでした。

 ですが……。ポルキーニョは戸惑っていました。あまりにも、突然なのです。

「おいら、今住んでいるあたりから遠くへ行ったことがないんだ。それに、おいらだけで行くなんて……」

 フィロの顔が頭に浮かびます。みんなの顔が浮かびます。いつも変わらない日常と住み慣れた場所を離れなくてはならないのでしょうか。みんなに、さよならを言わなくてはならないのでしょうか。

「想像してごらん」シルタムが壁のレバーを引くと、壁の一部が開いて眩い光が差し込んできました。「さあ、外を見て」

 そこは山の中腹で、目の前に広がるのは広大な景色でした。シルタムの畳まれた翼は、この広い世界を飛び回るためにあったのです。

「この、森や川や平原、そして人々が暮らす町。君は、私という翼を手に入れてそれらを飛び回ることができるんだ。そして、君の知らないことを知り、多くを経験することができる。それは、すばらしいことさ。経験を積んですばらしく変われる自分を想像してみるんだ。これは、冒険さ」

 シルタムの言うことを聞きながら、ポルキーニョは(すばらしい棒)を握りしめました。確かに、シルタムの提案はポルキーニョが興味を持つものでした。自分だけで決めて、それを実行することが、きっとすばらしいことなのだとポルキーニョは思いました。

「シルタム。君の誘いはすばらしいことだと思う。おいらも、行ってみたいと思う」

「それなら、行こう。今すぐに!」

 そう言うと、シルタムは洞窟の出口から翼を広げて飛び出しました。その姿は太陽に照らされて白く輝き、ポルキーニョをうっとりさせました。旅立つ話は現実なのだと感じさせられます。

「でも」

 ポルキーニョは、シルタムが空を旋回して戻ってくるのを待って話しを続けました。

「おいら、今は行けそうにない。みんなの所に帰りたい」

 ほんの少し前までいたいつもの世界から、フワンの忠告も聞かずに自分だけで決めて妖精の虹をくぐったポルキーニョでしたが、その先にあった(旅立つ)という結果を受け入れることができませんでした。

 帰りたい。帰るには、だめな自分を認めるしかありません。(すばらしい棒)にふさわしくなかった自分を……。

「そうか……。それは、とても残念だ」

 シルタムはゆっくりと翼を揺らすと、ポルキーニョのそばに頭を寄せました「さあ、乗りなよ。角に掴まって。君を帰してあげる」

「うん」

 自分では届かなかった虹のアーチが、シルタムの手助けにより、あっと言う間に目の前までやってきました。妖精たちがその周りを飛び回ります。

「ありがとう、シルタム。おいら、本当に君と一緒に行きたいと思ったんだ。でも、おいらだけでは決められなかった」

「わかっているさ。焦らなくてもいいんだ。君の仲間たちと過ごす時間を大切にして。でも、きっと君はいつか自分で決めて旅立つと思う。そのときは、私を訪ねてきてほしい。私は、シルタム。旅立ちの竜だ」

「うん。そうする」ポルキーニョは笑顔で答えました。「それまで、これ預かっておいて」

 ポルキーニョはシルタムに(すばらしい棒)を手渡すと、虹のアーチへ飛び込みました。続いて妖精たちも飛び込み、やがて虹は薄れ、消えていきました。

 ポルキーニョの手には、もう(すばらしい棒)はありません。

 

◇◆◇

 

 戻ってきたポルキーニョは、フワンに抱きつかれながら、気の抜けたような表情で言いました。

「おいら、みんなと一緒にいたかっただけなんだ。みんなのこと、好きだから」

 もう、日が暮れます。気が付けば、妖精たちの姿はどこにもありません。虹のアーチも、妖精たちが並べた小さなカサも、消えてしまいました。

 フワンと別れて家に帰ったポルキーニョを、ペンウッドが出迎えます。

「おかえり、ポル。もうすぐ、夕食だよ」

 ペンウッドを見て、ポルキーニョは日常の心地よさを改めて感じました。シルタムがいたあの場所へ行くのは、きっと早すぎたのです。

 でも、いつか、きっと。

「はい」

 ふいに、ペンウッドがポルキーニョに手紙を渡しました。

「これは、なに?」

「ポルがいない時に、旅人が来たんだよ」

 宛先のない手紙。そんな手紙を旅人が運んでくることがあります。送り主の気持ちだけが、どこかの誰かに届くように。

『名前も知らない、すばらしき君へ。君がどこにいて何をしているのかはわからないけれど、そんな私たちが、いつかどこかで出会えたなら、それはきっとすばらしいことに違いない。私は自分らしく過ごし、いつかすばらしい自分になれたなら旅に出ようと思う』

 ポルキーニョは、驚きました。自分と同じような想いを持った人がいたのです。

「ペンウッドさん。実は、おいらね」

 シルタムとの出来事を、ポルキーニョはペンウッドに話しました。ペンウッドは、その話を何回も頷きながら聞きました。

 そして、身をかがめると、ポルキーニョの両肩に手を置いて言いました。

「あせらずにゆっくりと、ポルらしく、すばらしい出会いにふさわしい自分になればいい」

 その言葉は、とても暖かくポルキーニョを包みました。(すばらしい棒)はもうありませんが、届いた手紙とペンウッドの言葉は、それ以上にすてきな贈り物となりました。

 その晩、ポルキーニョはシルタムの背に乗って世界を旅する自分の姿に想いを馳せながら眠りにつきました。

 白き旅立ちの竜、シルタムと共に。

 

【おしまい】

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