◇素敵(すてき)な秋と約束(やくそく)◇
秋になると、ポルが必(かなら)ず訪(おとず)れる森があります。他(ほか)の季節(きせつ)では特徴(とくちょう)のない小さな森ですが、紅葉(こうよう)が綺麗(きれい)な頃(ころ)になると、キノコがいっぱい採(と)れるすばらしい場所(ばしょ)です。
「きれいだなあ」
森の入り口で、ポルは思わず呟(つぶや)きました。色付(いろづ)いた枝(えだ)の葉(は)が、木々の合間(あいま)から差(さ)し込(こ)む陽光(ようこう)に照(て)らされて、とても鮮(あざ)やかに見えました。さらに、落(お)ち葉(ば)で敷(し)き詰(つ)められた地面(じめん)は、カラフルな絨毯(じゅうたん)のようでした。
時折(ときおり)、ポルの周(まわ)りをひらひらと落(お)ち葉(ば)が舞(ま)っていきます。背中(せなか)に背負(せお)ったカゴにも、何枚(なんまい)か入ったようです。
森の中へさらに進(すす)みながら、ポルは踊(おど)るようにくるくる回りました。すばらしい景色(けしき)の中で、心がうきうきします。
「いてっ」
ふいに、何かが頭の後ろに当たりました。ポルは背負(せお)っていた大きなカゴを下(お)ろすと、頭をさすりました。今日の目的(もくてき)はこのカゴいっぱいにキノコを入れることですが、今は別(べつ)のものが入っています。
カゴの中から、バミットが顔を出しました。
「もっと丁寧(ていねい)に運(はこ)んでくれよ。あんなに揺(ゆ)れたら危(あぶ)ないじゃないか」
「だからって、頭を叩(たた)かなくたっていいじゃないか」
ポルはカゴの中で寝(ね)ていただけのバミットに文句(もんく)を言いますが、バミットは謝(あやま)るわけでもなく、大きく伸(の)びをしながら辺(あた)りを見回しました。
ポルがため息(いき)をつきます。森の紅葉(こうよう)を絵に描(えが)きたいと言うので、ポルが画材(がざい)と一緒(いっしょ)に運(はこ)んできてあげたのに、ひどい仕打(しうち)ちです。
ちなみに、バミットはとても体が小さいので、いつも誰(だれ)かが画材(がざい)を運(はこ)んであげていました。フワンが動(うご)く宝箱(たからばこ)に入れて運(はこ)んであげることもあれば、今日のようにポルが運(はこ)んであげることもあります。
「あの辺(あた)りで絵を描(えが)こうと思うんだ」
バミットは、森の少し開(ひら)けた場所(ばしょ)を指差(ゆびさ)しました。そこは、ぽっかりと空からの日差(ひざ)しで地面(じめん)が照(て)らされている場所(ばしょ)でした。
ポルは不服(ふふく)そうにしながらも、カゴから画材(がざい)を取(と)り出してバミットが選(えら)んだ場所(ばしょ)に置(お)いていきました。バミットと比(くら)べれば大きなキャンバスと絵の具(ぐ)のパレット。筆(ふで)は、バミットが自慢(じまん)する「すばらしい筆(ふで)」です。
バミットは自分のことを「すばらしい絵描(えか)き」と言うのですが、ポルにはよくわかりませんでした。ですが、バミットが描(えが)く絵がとても上手(じょうず)なことは、誰(だれ)もが認(みと)めるところでした。
「それじゃ、おいらはキノコを集(あつ)めに行ってくるね。また、迎(むか)えに来るから」
「うん、わかった。ドングリもよろしく」
「えっ? う、うん。そうだね」
ポルが、しぶしぶ返事(へんじ)をします。実(じつ)は、今回はバミットが(キノコ図鑑(ずかん))を作ってくれたお礼(れい)としてドングリも集(あつ)める約束(やくそく)になっていたのです。
毎年、ポルが食べられないキノコもたくさん集(あつ)めてしまうので、見かねたペンウッドが、バミットに頼(たの)んだのです。
できあがってきた(キノコ図鑑(ずかん))はとてもすばらしい出来(でき)で、たくさんのキノコの種類(しゅるい)が挿絵(さしえ)とともに説明(せつめい)されていました。こんなにすばらしい図鑑(ずかん)をもらったら、お礼(れい)をするのも仕方(しかた)ありません。ポルは、キノコ集(あつ)めのついでに、ドングリも集(あつ)めることにしました。
◇キノコの椅子(いす)◇
キノコは木の根元(ねもと)や見えにくい下草(したくさ)の中などでよく見つかるので、ポルは枯(か)れ葉(は)をかき分けながら、あちらこちらを探(さが)してみました。背負(せお)ってきた大きなカゴがいっぱいになるくらいのキノコを採(と)りたいと思っていました。
ほどなくキノコが見つかったので、早速(さっそく)ポルはカゴからキノコ図鑑(ずかん)を取(と)り出してめくり始(はじ)めました。すると、ふとポケットに入れていたビー玉のことを思い出しました。
魔法(まほう)のビー玉です。
フィロに言われて、何の魔法(まほう)がかかっているのか調(しら)べてみることにしましたが、どうしたらよいのかもわからず、とりあえず出かける時はポケットに入れていたのです。
ポルはポケットからビー玉を取(と)り出すと、目の前で眺(なが)めてみました。赤い模様(もよう)が入っているガラスに、森の紅葉(こうよう)が映(うつ)り込(こ)みます。ですが、魔法(まほう)のようなことは何も起(お)こりませんでした。
キノコ集(あつ)めに戻(もど)ることにします。ポルはビー玉をポケットにしまうと、キノコ図鑑(ずかん)を開いて目の前のキノコと見比(みくら)べました。図鑑(ずかん)にはキノコの種類(しゅるい)が上手(じょうず)な絵と文字で書いてあるので、すぐに食べられるキノコかどうか調(しら)べることができました。とても、役(やく)に立つ図鑑(ずかん)です。
「よかった。これは大丈夫(だいじょうぶ)なキノコだ」
キノコ図鑑(ずかん)を確認(かくにん)したポルは、キノコに手を伸(の)ばしました。大きなキノコと小さなキノコが並(なら)んで生(は)えていましたが、まずは大きめなキノコを選(えら)びます。
ところが、ふいに邪魔(じゃま)が入りました。なんと、どこからか小さな妖精(ようせい)が現(あら)れてキノコの上に座(すわ)り込(こ)んだのです。
「これは、私(わたし)の椅子(いす)なんだから、採(と)ったらだめ」
妖精(ようせい)は、キノコの上で足をばたつかせながら笑(わら)っています。小さな妖精(ようせい)がキノコに座(すわ)ると、確(たし)かにちょうど良(よ)い椅子(いす)のようでした。
妖精(ようせい)なんて本でしか見たことがなかったポルは、とても驚(おどろ)きました。背中(せなか)に羽(はね)の付(つ)いた小さな小さな妖精(ようせい)が、しゃべっています。笑(わら)っています。
珍(めずら)しさから妖精(ようせい)をじっと見つめていたポルですが、どうにか気持(きも)ちを落(お)ち着(つ)かせると、ゆっくりと話しかけました。
「こんにちは、妖精(ようせい)さん。おいら、キノコを採(と)りに来たんだ。でも、君(きみ)の椅子(いす)なのなら、そのキノコは諦(あきら)めるよ。ほかを探(さが)すね」
キノコを集(あつ)め終(お)わったあとにフィロの家へ行く予定(よてい)なので、ポルは妖精(ようせい)に出会ったことをフィロに話してあげようと思いました。まだ胸(むね)がどきどきしています。なんてすばらしい体験(たいけん)なのでしょう。
ポルは立ち上がると、他(ほか)のキノコを探(さが)すことにしました。そして、次に見つけたキノコも大きめな食べられる種類(しゅるい)のキノコでした。
ところが、ポルがキノコに手を伸(の)ばした途端(とたん)、また妖精(ようせい)が飛(と)んで来てキノコの上に座(すわ)りました。
「これは、私(わたし)の椅子(いす)なの。あなたも、座(すわ)りたいの? でも、無理(むり)ね。あなたは大きいもの」
キノコに座(すわ)るつもりはないポルでしたが、困(こま)ってしまいました。せっかく見つけたおいしそうなキノコが、二つとも採(と)れませんでした。この森には毎年キノコを採(と)りにくるのですが、こんな経験(けいけん)は初(はじ)めてでした。
「君(きみ)の椅子(いす)は、いくつあるんだい? さっきの椅子(いす)は使(つか)わないの?」
「さっきのって、なあに」
「あっ」
ポルは、気が付(つ)きました。目の前の妖精(ようせい)は、似(に)ていますがさっきの妖精(ようせい)とは違(ちが)うのです。
「君(きみ)は別(べつ)の妖精(ようせい)さんなんだね。わかった、おいら別(べつ)のキノコを探(さが)すね」
妖精(ようせい)をどかしてまで目の前のキノコを採(と)ろうとは思わないので、ポルはさらに他(ほか)のキノコを探(さが)し始(はじ)めました。
ですが、そのあとも大きめなキノコを採(と)ろうとすると必(かなら)ず妖精(ようせい)が座(すわ)っているものですから、ポルは仕方(しかた)なく小さめなキノコを採(と)ることしかできませんでした。これでは、なかなかカゴがいっぱいになりません。
たまたま妖精(ようせい)たちの住(す)まいに近い場所(ばしょ)だったのかと思い、ポルは森の中を移動(いどう)して、少し離(はな)れたあたりを探(さが)し始(はじ)めましたが、なぜかそこにも妖精(ようせい)たちが現(あらわ)れました。
何度(なんど)も同じことが繰(く)り返(かえ)されると、ポルも「もしかして」と思うようになりました。
「あーあ。もう、キノコはいらないや。おいら、ここで昼寝(ひるね)する」
ポルは、背負(せお)っていたカゴを放(ほう)り出すと、枯(か)れ葉(は)が散(ち)らばる地面(じめん)に寝(ね)ころびました。すると、妖精(ようせい)たちの様子(ようす)が変(か)わりました。座(すわ)っていたキノコの上に立ち上がると、ポルの様子(ようす)をみんなで眺(なが)めては首を傾(かし)げます。
「寝(ね)ちゃったのかしら?」
「つまらないわ」
「おもしろくないわ」
小さなささやき声が聞こえてきます。ポルは、目をつぶりながら聞いていました。やはり妖精(ようせい)のいたずらだったのです。昔(むかし)、フィロから借(か)りて読んだ本に、妖精(ようせい)はいたずら好(す)きだとも書いてあったのを思い出したのです。そして、妖精(ようせい)のいたずらがしつこいときは、知らんぷりすればよいのだということも。
秋の森でじっとしていると、風で枝(えだ)から飛(と)ばされた葉(は)が、空中を舞(ま)ってポルの上にも落(お)ちてきました。このまま寝(ね)ていたら、いつか落(お)ち葉(ば)に埋(う)もれてしまうのではないかと思っていると、また妖精(ようせい)たちの声が聞こえてきました。
「えっ、ドングリ?」
「ドングリを持(も)って行けばいいのね」
「楽しそう!」
何のことかはわかりませんが、ポルが薄目(うすめ)を開(あ)けると、妖精(ようせい)たちがみんなで同じ方向(ほうこう)に飛(と)んでいくのが見えました。中には、ドングリを抱(かか)えている妖精(ようせい)もいます。なんにせよ、妖精(ようせい)はいなくなったのです。
ポルは、キノコを採(と)ってみました。大丈夫(だいじょうぶ)です。もう、妖精(ようせい)はいたずらをしてきません。
「さっ、がんばるぞ」
カゴいっぱいにキノコを集(あつ)めたら、フィロにも分けてあげるつもりです。いつも、おいしいケーキなどをごちそうになっているので、一番大きくておいしそうなキノコをプレゼントしようと、ポルは決(き)めていました。
キノコの中には食べられない種類(しゅるい)もありますが、選(えら)び方(かた)はバミットが作ってくれた(キノコ図鑑(ずかん))があるので安心(あんしん)です。
◇妖精(ようせい)が好(す)きなこと◇
「そろそろ、ドングリも集(あつ)めるかな」
ポルは、キノコでいっぱいになったカゴを背負(せお)いながら呟(つぶや)きました。妖精(ようせい)たちに邪魔(じゃま)をされてキノコ採(と)りに時間がかかってしまいました。ドングリは、バミットのいる場所(ばしょ)に向(む)かいながら拾(ひろ)うことにします。
「あっ」
妖精(ようせい)です。ポルはすばやく近くのやぶに隠(かく)れると、そっと妖精(ようせい)を観察(かんさつ)しました。どんぐりを集(あつ)めるのまで邪魔(じゃま)をされては困(こま)ります。
妖精(ようせい)は地面(じめん)の近くをしばらく飛(と)び回っていましたが、ふいに地面(じめん)に降(お)りると落(お)ち葉(ば)をかき分けて何かを拾(ひろ)ったようでした。それは、ドングリでした。
妖精(ようせい)が、ドングリを抱(かか)えながら飛(と)んでいきます。ポルが行こうとしていた方向(ほうこう)と同じです。バミットが絵を描(か)いているはずです。
妖精(ようせい)が持(も)っていくドングリとバミットが関係(かんけい)していそうなことは、ポルにも何となく想像(そうぞう)ができました。妖精(ようせい)が、またいたずらをしているのかもしれません。
別(べつ)の妖精(ようせい)が飛(と)んできて、ドングリを拾(ひろ)っていきます。ポルは、こっそり妖精(ようせい)のあとを追(お)いかけてみました。すると、やはりバミットのそばに妖精(ようせい)たちが集(あつ)まっていました。正確(せいかく)に言うと、妖精(ようせい)たちはドングリを抱(かか)えながら一列(いちれつ)に並(なら)んでいました。すごい数です。ポルがカゴいっぱいに集(あつ)めたキノコの数よりもずっと多い数かもしれません。
さらに、ポルには妖精(ようせい)がバミットと踊(おど)っているように見えました。小さなバミットが、自分より小さな妖精(ようせい)たちと順番(じゅんばん)にダンスをしているのです。
ドングリを渡(わた)してバミットとダンスをした妖精(ようせい)が次(つぎ)の妖精(ようせい)と入れ代(か)わり、その妖精(ようせい)もドングリを渡(わた)して踊(おど)り始(はじ)めます。やぶに隠(かく)れているポルに気が付(つ)いた妖精(ようせい)もいましたが、もうポルには興味(きょうみ)がないようでした。
「おーい、バミット」
ポルは、やぶの中から顔だけ覗(のぞ)かせると、思い切ってバミットを呼(よ)びました。バミットはすぐに気が付(つ)きましたが、ダンスはやめません。
「ポル。また、あとで来てくれ。妖精(ようせい)たちからもらったドングリを持(も)って帰ってほしいんだ」
バミットの横(よこ)には、すでに踊(おど)り終(おわ)わった妖精(ようせい)たちからもらったドングリが山になっていました。さらに踊(おど)れば、とてもたくさんのドングリがあつまることでしょう。
「それはいいけどさ、大丈夫(だいじょうぶ)なの?」
「なにが?」
妖精(ようせい)にいたずらをされたばかりのポルは心配(しんぱい)しましたが、バミットは困(こま)っていないようでした。
「じゃあ、またあとで来るからね」
「よろしく」
ポルは、バミットと別(わか)れるとフィロの家に向(むか)かいました。
◇魔法(まほう)の味付(あじつ)け◇
「今日は、モンブランケーキよ。さあ、召(め)し上がれ」
フィロが紅茶(こうちゃ)とケーキを用意(ようい)して待(ま)っていてくれたので、ポルはモンブランケーキをおいしく味(あじ)わい、紅茶を飲(の)んでくつろぎながらフィロに森での出来事(できごと)を話し始(はじ)めました。
「まあ、それは大変(たいへん)だったわね」
「うん、おいら妖精(ようせい)と話をするなんて初(はじ)めてだったから丁寧(ていねい)に話してみたのに、まさかいたずらされるなんて思わなかったよ。でも、その時、本で読んだことを思い出して知らんぷりをしてみたんだ」
妖精(ようせい)に関(かん)する本は、フィロが貸(か)してあげたものでした。
「妖精(ようせい)には、あまり悪気(わるぎ)はないのよ。ただ、楽しいからやっているだけなのよね。だから、飽(あ)きてしまえば、どこかへ行ってしまうわ」
「今は、バミットがたくさんの妖精(ようせい)と一人ずつダンスしているはずなんだけど、妖精(ようせい)が飽(あ)きない場合はどうするの?」
「自分から、やめればいいのよ。やめたからって、妖精(ようせい)は怒(おこ)ったりはしないけど、つまらない顔をして文句(もんく)はいうかもね」
「ふーん。自分勝手(じぶんかって)なバミットみたいだ」
ポルの台詞(せりふ)に、フィロは肩(かた)をすくめただけでした。バミットが自分勝手(じぶんかって)にいばるのは、ポルに対(たい)してだけなのです。
「フィロにキノコをあげるよ。おいしそうなのをたくさんあげるね。フィロにはいつもお菓子(かし)をごちそうになっているから、おいらからのお返(かえ)しです」
カゴの中には、森で採(と)ってきたたくさんのキノコが入っています。ポルは、それをテーブルの上に全部並(ざんぶなら)べてみました。大きさはそれぞれですが、見た目はどれもおいしそうです。
「たくさん採(と)れて良(よ)かったわね。それで、妖精(ようせい)が座(すわ)っていたキノコはどれかしら?」
「えっ、妖精(ようせい)が座(すわ)ってたキノコ?」
「そうよ。妖精(ようせい)が触(さわ)ったものはね、妖精の魔法(まほう)が降(ふ)りかかって、とてもおいしくなるのよ。バミットががんばってダンスしているのも、妖精(ようせい)のドングリを食べておいしかったからだと思うわ」
「そうなんだ……。おいら、知らなかったよ。それじゃ、妖精(ようせい)と出会えたことは、運(うん)が良(よ)かったってことだね」
ポルは、妖精(ようせい)にいたずらされて困(こま)ったことをすっかり忘(わす)れて喜(よろこ)びました。何よりも、特別(とくべつ)なキノコをフィロにプレゼントできることが嬉(うれ)しかったのです。
「妖精(ようせい)が座(すわ)っていたのはね、大きめなキノコなんだけど、全部(ぜんぶ)じゃないかもしれない。だから、大きいのは全部(ぜんぶ)フィロにあげるよ」
「やさしいのね、ポル」
フィロは、ポルの鼻(はな)をやさしく撫(な)でました。ポルが、照(て)れながら体をくねらせます。
ポルは、大きいキノコをテーブルの上に残(のこ)すと、あとはカゴに戻(もど)しました。カゴの中身(なかみ)が半分ほどになりました。
軽(かる)くなったカゴを背負(せお)ったポルは、バミットのところに戻(もど)ることにしました。たくさんダンスをして、魔法(まほう)のドングリもだいぶ集(あつ)まっていることでしょう。
「じゃあ、おいら行くね。モンブランケーキ、とてもおいしかったよ」
「秋だから、栗(くり)を使(つか)って作ってみたのよ。また栗(くり)が手に入ったら、作ってあげる」
「あのケーキって、栗(くり)でできていたの?」
「そうよ」
魔法使(まほうつか)いのフィロは、ポルが知らないことをいつも教(おし)えてくれます。花の種類(しゅるい)も、お菓子(かし)やケーキと紅茶(こうちゃ)のことも、ポルはフィロに教(おし)えてもらいました。
ですが、魔法(まほう)は別(べつ)。どんなにポルが興味(きょうみ)を持(も)っていたとしても、教(おし)えてくれません。ビー玉の秘密(ひみつ)も、ポルは自分で見つけないとならないのです。
魔法(まほう)は特別(とくべつ)なものなのです。
◇空飛(と)ぶドングリ◇
キノコの森に戻(もど)ったポルは、バミットがいる場所(ばしょ)へ向かって歩きながら栗(くり)の木を探(さが)してみました。
以前(いぜん)に地面(じめん)に落(お)ちていた栗(くり)のイガを踏(ふ)んで痛(いた)い思いをしたことがあるので、気を付(つ)けながら探(さが)すことにします。もちろん、頭上(ずじょう)にも気を付(つ)けます。熟(じゅく)した栗(くり)は、イガごと枝(えだ)から落(お)ちてくるからです。
栗(くり)が、あんなにおいしいモンブランケーキになるなんて、ポルは今まで知りませんでした。思い出してうっとりしていると、ふと、落(お)ち葉(ば)に紛(まぎ)れた栗(くり)のイガを見つけることができました。
割(わ)れたイガの中に、栗(くり)が見えています。ですが、イガの中から栗(くり)を取(と)り出すやり方が、ポルにはわかりませんでした。うっかり手で触(さわ)れば、痛(いた)い目にあうかも知れません。
ポルは近くに落(お)ちている枝(えだ)を拾(ひろ)うと、イガの割(わ)れ目にひっかけるように差(さ)し込(こ)んで持(も)ち上げました。それから、そっと移動(いどう)させてカゴの中に落(お)としました。
全部(ぜんぶ)で三つのイガごとの栗(くり)をカゴに入れると、ほっとしたポルはクスリと笑(わら)いました。
「もし、妖精(ようせい)がいたずらに来ても、さすがにイガの上には座(すわ)らないよね」
ポルは、栗(くり)の木を見上げました。いくつかイガが開(ひら)きかけているものが見えましたが、そこは諦(あきら)めることにします。木を揺(ゆ)することもできましたが、結果(けっか)が恐(おそ)ろしいのでやめておきます。
やがて、ポルはバミットが妖精(ようせい)とダンスをしていた場所(ばしょ)に着(つ)きましたが、そこには誰(だれ)もいませんでした。描(えが)きかけの絵や道具(どうぐ)は敷物(しきもの)の上に置(お)きっぱなしです。バミットが妖精(ようせい)から集(あつ)めたドングリは、敷物(しきもの)の上で山になっていました。
「バミット! どこにいるの?」
ポルは、周(まわ)りを見渡(みわた)しながら呼(よ)んでみました。すると、森の奥(おく)から声が聞こえました。
「おーい、ポル。こっちだよぉ」
バミットの声です。ポルは、声がした方を見ましたが、姿(すがた)は見えません。また、声がします。
「おーい、急(いそ)いでこっちに来てくれよぉ。カゴを背負(せお)ったまま来てくれよぉ」
何だか状況(じょうきょう)がわからないので、ポルは考えてみました。ダンスは、もう終(お)わったのか。妖精(ようせい)たちは、どこへ行ったのか。そして、なぜバミットがポルを呼(よ)んでいるのか。
妖精(ようせい)になにかいたずらをされて、困(こま)っているのかもしれません。
「バミット、どうしたのさ。何か困(こま)ってるの? おいら、よくわからないよ」
森の奥(おく)に向(む)かって声をかけながら、ポルは少しずつ進(すす)んで行きました。すると、何かがポルの頭に当たりました。
「なんだろう?」
ポルが上を見上げると、今度(こんど)は別(べつ)の声が聞こえました。
「まだよ」
「まだなの?」
「わたしも、投(な)げたいわ」
どうやら、妖精(ようせい)たちがまたいたずらしているのだと、ポルは思いました。それでも、バミットが心配(しんぱい)なので、さらに奥(おく)へ進(すす)んでいくと、突然(とつぜん)、バミットの大きな声が聞こえました。
「みんな、今だ!」
掛(か)け声と共(とも)に、ポルの頭上(ずじょう)から、すごい数のドングリが飛(と)んできました。あきらかに、ポルを目掛(めが)けて飛(と)んできます!
さすがに、ポルも痛(いた)くて悲鳴(ひめい)をあげます。
「なに、なんなの!」
慌(あわ)てふためいたポルが逃(に)げだそうとしますが、追(お)いかけるようにドングリが飛(と)んできます。
木の上では、枝(えだ)の上に並(なら)べられたドングリを妖精(ようせい)たちが次々(つぎつぎ)と投(な)げていました。ポルが背負(せお)うカゴにどんぐりが入ると、その妖精(ようせい)は「やった」と喜(よろ)んで笑(わら)います。はずれると、「もう一回!」と言って、また投(な)げます。
「痛(いた)い、痛い!」
ポルが悲鳴(ひめい)をあげます。カゴに入らないドングリが、ポルに当たるのです。
逃(に)げるポル。追(お)いかけてドングリを投(な)げつける妖精(ようせい)たち。そんな状況(じょうきょう)が、用意(ようい)されていたドングリが無(な)くなるまでしばらく続(つづ)きました。
よろよろと、ポルがやっとのことで画材(がざい)が置(お)いてある敷物(しきもの)のところまで戻(もど)って来ると、後ろからバミットが現(あらわ)れました。
「やった、計画(けいかく)どおりにうまくいった。ほら、ポル。カゴの中にドングリがたくさん集(あつ)まったでしょ」
「なんなのさ、どういうことなのさ!」
ポルが怒(おこ)りますが、バミットはあっけらかんとしています。
「ダンスを終(お)わりにしたら、妖精(ようせい)たちが不満(ふまん)そうだったんで、ゲームをしようと誘(さそ)ったのさ。ポルが現(あらわ)れたらカゴを狙(ねら)ってドングリを入れるゲームにね。妖精(ようせい)は楽しめるから喜(よろこ)ぶし、オレはドングリがさらに集(あつ)められて嬉(うれ)しいし。いいアイデアだろ」
「はあ、もういいよ」
ポルは大きくため息(いき)をつきました。バミットがからかってくるのは、いつものことなのです。怒(おこ)っても、謝(あやま)ってくることはありません。
ポルは、バミットがダンスで集(あつ)めたドングリも敷物(しきもの)の上から両手(りょうて)ですくってカゴに移(うつ)しました。先に集(あつ)めたキノコとイガ付(つ)き栗(くり)が埋(う)もれてしまうほど、ドングリが集(あつ)まりました。画材(がざい)は入れる場所(ばしょ)がないので、脇(わき)に抱(かか)えます。
もう、帰ることにします。秋の夕暮(ゆうぐ)れは冷(ひ)え込(こ)むからか、妖精(ようせい)たちもどこかへ行ってしまいました。
「じゃ、家までよろしく! 俺(おれ)は、かごの中でのんびりとドングリを食べることにするかな」
バミットは勢(いきお)いよくポルが背負(せお)うカゴの中に飛(と)び込(こ)むと、嬉(うれ)しそうな声を出しながらドングリに潜(もぐ)り込(こ)みました。ポルは、慌(あわ)てて止めようとしたのですが。間に合いません。
悲鳴(ひめい)をあげながらカゴから飛(とび)び出すバミットを見て、ポルは思いました。
モンブランって、栗(くり)が何個(なんこ)必要(ひつよう)なんだろう。