◇すばらしき君(きみ)へ◇
旅人(たびびと)に手紙を預(あず)け、旅人(たびびと)が次(つぎ)に出会うどこかの誰(だれ)かに渡(わた)してもらう。それは宛先(あてさき)のない手紙だけれど、人々はそうやって自分の想(おも)いを遠くへ伝(つた)えていました。
ポルの手元にある手紙も、そういった種類(しゅるい)の手紙でした。
『私は自分らしく過(す)ごし、いつかすばらしい自分になれたなら旅(たび)に出ようと思う』
手紙には、そう書いてありました。
すばらしい出会いはどこで起(お)こるのかわかりません。もしかしたら、ポルから向(む)かって行かなくてはならないかもしれませんが、今はまだ慣(な)れ親(した)しんだ時間を仲間(なかま)たちと過(す)ごしたいと思っていました。
ですが、手紙を出すだけなら。
「ねえ、ペンウッドさん。おいらも、手紙を書いてみたいと思うんだ。そして、この前みたいな旅人(たびびと)に頼(たの)んで、誰(だれ)かに渡(わた)してもらうんだ」
「そうかい、ポル。いいことだと思うよ。どんな手紙を書くか決(き)めているのかい?」
「それがまだ決められなくて。ずっと考えてみたんだけど、よくわからなくて。フィロとかフワンとかにも相談(そうだん)してみようかな……」
「ポルが書く手紙の内容(ないよう)を、みんなで考えるのは難(むず)しいと思うな。だって、手紙はポル自身(じしん)の気持(きも)ちを書くものだもの」
「うーん。でも、おいら、何を書けばいいのかわからないんだ」
「それじゃ、みんなにも手紙を書くように勧(すす)めてみたらどうだい? そうすれば、みんながどんなことを書くのか参考(さんこう)にできるでしょ。みんなが書いた手紙は、私(わたし)が預(あず)かって、次(つぎ)に旅人(たびびと)が来たときに渡(わた)してあげる」
早速(さっそく)、ポルは手紙を書くためのみんなの分の紙と封筒(ふうとう)を用意(ようい)しました。そして、みんなの家を訪問(ほうもん)して手紙を書くことを勧(すす)めました。すると、みんなはおもしろいと感(かん)じたようで、数日後(すうじつご)にポルが集(あつ)めに行くまでに書いておくという約束(やくそく)になりました。
◇みんなの手紙◇
数日の間も、ポルは手紙に書く内容(ないよう)を一生懸命(いっしょうけんめい)に考えましたが、結局(けっきょく)なにも書けないまま、みんなの家に行くことになりました。
鞄(かばん)を背負(せお)ったポルは、まずフィロの家を訪(おとず)れました。フィロの家には午後のお茶の時間に合わせて毎日行っていましたが、約束(やくそく)の今日までは手紙の話をしないようにしていました。
フィロは、紅茶(こうちゃ)とホットケーキをテーブルに並(なら)べると、ポルに手紙を渡(わた)しました。
「どんなことを書いたの?」
ポルは、バターの乗(の)ったおいしいホットケーキを食べながら尋(たず)ねました。
「私(わたし)は魔法使(まほうつか)いだから、魔法使いらしいことを書いてみたわ」
フィロは封筒(ふうとう)を開(ひら)くと、中の紙をポルに見せました。
(呪文(じゅもん)の交換(こうかん)をしませんか。私(わたし)は、魔法使(まほうつか)いのフィロです)
ポルは、紙に書かれた文章(ぶんしょう)を何回か読み返(かえ)してから、フィロに尋(たず)ねました。
「この手紙を、魔法使(まほうつか)いじゃない人がもらったらどうするの?」
「そうね、その人の知り合いに魔法使(まほうつか)いがいたら、その魔法使いに渡(わた)してくれるかもしれないわね」
「知り合いに、魔法使いがいなかったら?」
聞き返(かえ)すポルの鼻(はな)を、フィロは優(やさ)しく撫(な)でました。
「ポル、この宛先(あてさき)のない手紙はね、私(わたし)からの一方的(いっぽうてき)なメッセージなの。だから、難(むずか)しく考えないで。受(う)け取(と)った人が、どう考えるか、どう行動(こうどう)するかは、その人の自由(じゆう)だと思う」
ポルは黙(だま)って紅茶(こうちゃ)を飲(の)みながら、フィロが言った(一方的(いっぽうてき)なメッセージ)という言葉(ことば)に感心(かんしん)しました。確(たし)かに、そうです。ポルが受(う)け取(と)った手紙だって、誰(だれ)かが書いた一方的(いっぽうてき)なメッセージです。それを、どう受(う)け取(と)るかはポルの自由(じゆう)でした。
「それとね、ポル。手紙の裏(うら)を見てみて」
フィロに言われる通(とお)りにポルが手紙を裏返(うらが)してみると、そこには押(お)し花が貼(は)り付(つ)けてありました。ポルには、それがフィロの家の庭(にわ)に咲(さ)いていたスイートピーだとわかりました。
「これ、すごくいいアイデアだね」
「そう? ありがとう」
フィロが喜(よろ)んでくれたので、ポルは嬉(うれ)しくなりました。そして、自分も相手(あいて)が嬉(うれ)しくなるような手紙にしようと思いました。ポルは、フィロから手紙を受(う)けとって、大切に鞄(かばん)にしまいました。
次に訪(おとず)れたのは、ジータの家でした。
ジータは相変(あいかわ)わらず畑(はたけ)にいましたが、ポルに気が付(つ)くと、家の中に招(まね)いてキュウリをごちそうしてくれました。
「ジータは、どんなことを書いたの?」
「私(わたし)はね、自慢(じまん)のものを書いたよ」
ジータが封筒(ふうとう)から取(と)り出した紙には、
(月うさぎのシチューには、とてもおいしい野菜(やさい)が入っているよ)
と書いてありました。
ポルはキュウリをかじりながら月のルーのことは書かないのかなと思いましたが、封筒(ふうとう)の中に入っているものを見せられて、ジータの自慢(じまん)は月うさぎにしか採(と)れないシチューのルーより野菜(やさい)なんだと納得(なっとく)しました。
封筒に入っていたのは野菜の種(たね)でした。
「この手紙を、受(う)け取(と)った誰(だれ)かが、この種を埋(う)めてくれたなら、私(わたし)の自慢の野菜をその人も食べられるんだよ。いい、アイデアでしょ。まあ、埋(う)めたあとは、ちゃんと世話(せわ)をしないといけないけどね」
「確(たし)かに、すごくいいアイデアだと思う」
ポルは、キュウリのお礼(れい)を言って手紙を受(う)け取(と)ると、次にバミットの家に向(む)かいました。フワンは、どこにいるのかわからなかったので、最後(さいご)にします。
バミットの家に行ってベルを鳴らすと、「どうぞ、勝手(かって)に入って」と声がしました。ポルが、ドアを開けて中に入ると、バミットは机(つくえ)の上で紙に色を塗(ぬ)っている最中(さいちゅう)でした。
「ポル、ちょうどいいところに来てくれた。ポルだったら、どの絵がいいと思う?」
机(つくえ)には、封筒(ふうとう)と同じ大きさの五枚(まい)の紙が並(なら)べられていました。
五枚(まい)の紙にはそれぞれ違(ちが)う模様(もよう)がカラフルに描(えが)かれていて、どれも目を引くものばかりでした。ポルは、さすがバミットだと思いましたが、褒(ほ)めると偉(えら)そうにしてきそうな気がしたので、黙(だま)って一枚(まい)を選(えら)びました。
「これかな」
選(えら)んだのは、ピンクと青と黄色が淡(あわ)く混(まじ)じった模様(もよう)の封筒(ふうとう)でした。
「そうか」
バミットは一人で何回もうなずいては、五枚(まい)の絵を見比(にくら)べ、結局(けっきょく)はポルが選(えら)んだものとは違(ちが)う絵を選(えら)んで言いました。
「この模様(もよう)を封筒(ふうとう)に描(えが)くから、ちょっと待(ま)っていてくれ」
「ああ、なるほどね。それ、すごくいいアイデアだね」
ポルは、言ったあとでうっかり褒(ほ)めてしまったことに気が付(つ)きましたが、ついでに手紙になんて書いたか聞いてみることにしました。
「俺(おれ)が書いたのはこれさ!」
バミットが封筒(ふうとう)から取(と)り出した紙には、
(おいしいものをくれた人に、素敵(すてき)な絵をプレゼント)
と書いてありました。
「な、いいアイデアだろ」
結局(けっきょく)、偉(えら)そうに自慢(じまん)されてしまったポルでしたが、ひそかにバミットらしいアイデアだと感心(かんしん)しながら、バミットが封筒(ふうとう)に色を塗(ぬ)るのを待(ま)つことにしました。
しばらくしてできあがった封筒(ふうとう)は、明るい色を組み合わせた模様(もよう)で、とても楽しげな印象(いんしょう)でした。
「じゃ、預(あず)かってくね」
ポルは、バミットの家をあとにしてフワンを探(さが)すことにしました。
フワンを探しながら、手紙について考えます。誰(だれ)が読んでもポルらしい気持(きも)ちが伝(つた)わるような手紙とは、どんな手紙なのか。
フィロとジータとバミットの手紙には、それぞれ自分らしさがありました。それを感(かん)じたポルは、改(あらた)めて自分らしさを考えてみました。
(魔法(まほう)のビー玉研究家(けんきゅうか))
確(たし)かにポルのことでしたが、おおげさに聞こえるのでやめておきます。
(スキップが上手(じょうず))
手紙を出してまで伝(つた)えたいことではないような気がします。
ポルはため息(いき)をつくと、それにしても押(お)し花を入れたり野菜(やさい)の種(たね)を入れたりするアイデアは良(よ)いなと、いつの間にか手紙に書く内容(ないよう)よりも、そちらを考えるのに夢中(むちゅう)になるのでした。
しばらくしてフワンを見つけたのは、道からはずれたところに生えている大きな木のそばでした。フワンは、葉(は)が全て散(ち)った木の枝(えだ)を見上げていました。
「フワン、こんな所(ところ)でなにしてるの?」
近づいて声をかけたポルに、フワンは上を見るように言いました。
「ごらんよ。ここから見上げると、空の雲が枝(えだ)に乗(の)っかっているみたい。白い綿(わた)の木だ」
「ほんとだ……」
しばらく二人してぼんやりと綿(わた)の木を眺(なが)めましたが、やがて北風が雲を移動(いどう)させてしまいました。ポルが身震(みぶる)いします。もう、冬なのです。
「ねえ、フワン。手紙書けた?」
「うん、宝箱(たからばこ)の中に入っている」
「どんなことを書いたの?」
「そのままのことさ」
フワンは宝箱(たからばこ)から封筒(ふうとう)を取(と)り出すと、ポルに手渡(てわた)して、中を見るように促(うなが)しました。封筒(ふうとう)の中の紙には、フワンらしい言葉(ことば)が書いてありました。
(宝箱(たからばこ)、ただいま空(あ)いています。宝物(たからもの)をしまいたい人はお早めに)
ポルは、封筒(ふうとう)に紙を戻(もど)しました。封筒(ふうとう)の中には他(ほか)に何も入っていませんでした。フワンらしい、素朴(そぼく)な文章(ぶんしょう)と飾(かざ)り気(け)のないただの封筒(ふうとう)です。
「それじゃ、預(あず)かっていくね」
そう言って鞄(かばん)に封筒(ふうとう)をしまいながら、ポルは気付(きづ)いてしまいました。クスリと笑(わら)って、フワンの顔を見ます。フワンはにっこり笑って、ウインクをしました。
封筒(ふうとう)の折(お)り曲(ま)げて封(ふう)をする部分(ぶぶん)に、小さく描(えが)かれたものがありました。それは、鍵穴(かぎあな)でした。フワンは、封筒(ふうとう)を宝箱(たからばこ)に見立てたわけです。
「みんな、すごいよ。おいら、どうしよう」
正直(しょうじき)な気持(きも)ちが、ぽろりとこぼれました。
◇真夜中(まよなか)の願(ねが)い事(ごと)◇
家に戻ったポルは、みんなから預(あず)かった手紙をペンウッドに渡(わた)しました。そして、それぞれが誰(だれ)の手紙か説明(せつめい)すると、思い切って相談(そうだん)してみました。
「おいら、みんなみたいな手紙を作れないよ。どうしよう、ペンウッドさん」
「確(たし)かに、みんなの個性(こせい)が良(よ)く現(あらわ)れてるよね。文章(ぶんしょう)もそうだし、封筒(ふうとう)も工夫(くふう)してある。ポル、それじゃ、いいことを教えてあげよう。それはね、書けない時は取(と)りあえず書けということさ」
「どういうこと?」
「いきなりすごい文章(ぶんしょう)を書こうとするからアイデアがなかなか浮(う)かばないのさ。まずは自分のこととか日常(にちじょう)のこととか、紙にどんどん書いてみてごらん。そうすると、ふとアイデアが浮(う)かんだりするから」
「それなら、おいら、魔法(まほう)のビー玉のことを書いてみるよ。どんな実験(じっけん)をしたかって、書くの楽しそう!」
「そうか、それは良(よ)かった。頑張(がんば)って」
ポルは、さっそく机(つくえ)に向(む)かって書き始(はじ)めました。魔法(まほう)のビー玉の実験(じっけん)を思い出すだけで楽しい気分になり、自然(しぜん)と紙に書く文字が増(ふ)えていきます。実験(じっけん)の結果(けっか)はいつも(何も起(お)こらない)なのですが、いろいろな魔法(まほう)の効果(こうか)を想像(そうぞう)するのは楽しいことでした。
その後は、夕食の時間だけ書くのをやめたぐらいで、ポルは夜遅(おそ)くまで書き続(つづ)けました。書き込(こ)んだ紙の枚数(まいすう)もだいぶ増(ふ)え、このままでは手紙というよりは日記です。
果(は)たして、すばらしい手紙のアイデアは浮(う)かぶのか。ポルは、また不安(ふあん)になってきました。なんだか、急(きゅう)に部屋(へや)の静(しず)けさや暗(くら)さが感(かん)じられ、気持(きも)ちを落(お)ち込(こ)ませます。
そんな時です。ポルは、大事(だいじ)なことを忘(わす)れていることに気が付(つ)きました。
「すばらしい手紙のアイデアが浮(う)かぶかどうか、魔法(まほう)のビー玉で実験(じっけん)すればいいんだ!」
さっそく、ランタンを手にして椅子(いす)から立ち上がると、居間(いま)へビー玉を入れている小箱(こばこ)を取(と)りに行きました。ペンウッドはもう寝(ね)てしまったようで、他(ほか)の明かりは消(きえ)えていました。ポルは、壁際(かべぎわ)の棚(たな)から小箱(こばこ)を持(も)ってくると、自室に戻(もど)って机(つくえ)の上で開(あ)けました。
手のひらにビー玉を乗(の)せると、呪文(じゅもん)のように願(ねが)いを言います。
「魔法(まほう)のビー玉よ、おいらに、すばらしい手紙の書き方を教えてください。お願(ねが)いします」
しばらく待(ま)っても、何も起(お)こりません。ポルはため息(いき)をつきながら、このことも紙に書き加(くわ)えました。
悩(なや)みながらもやもやして机(つくえ)の上にうつぶせると、うっかり机(つくえ)の上の紙を床(ゆか)に落(お)としてしまいました。かがんで紙を拾(ひろ)い机(つくえ)の上に戻(もど)そうとしましたが、そこで動(うご)きが止まります。
息(いき)を潜(いそ)め、机(つくえ)の上をじっと見つめます。
妖精(ようせい)がいます。小さな体で鉛筆(えんぴつ)を担(かつ)いでよろよろしています。ポルと、目が合いました。妖精(ようせい)が気まずそうに笑(わら)います。
「や、やあ。何を書いているのかしら? こんなに夜遅(よるお)くまで明かりが見えたので、のぞきに来たのよ」
ポルはすぐには返事(へんじ)をしないで、じっと妖精(ようせい)を観察(かんさつ)しました。今までに何度(なんど)も妖精(ようせい)にはいたずらをされたので、慎重(しんちょう)になります。
妖精(ようせい)が、またしゃべりました。
「ねえ、何とか言ってよね。手紙、読んでもいい? きっと、大切な手紙なのね。いいこと教えてあげましょうか?」
「何も聞きたくない。邪魔(じゃま)しないで」
ポルは妖精(ようせい)から鉛筆(えんぴつ)を取(と)り上げると、紙をまとめて机(つくえ)の上に裏返(うらがえ)して置(お)きました。
妖精(ようせい)は不満(ふまん)そうな顔をしながらランタンの周(まわ)りを飛(と)び回りました。妖精(ようせい)の薄(うす)い羽がランタンの灯(あか)りできらきらと光ります。
「それじゃ、私(わたし)と遊(あそ)びましょ」
「遊(あそ)ばない」
「なんで? 夜なのに起(お)きているときは、こっそりと遊(あそ)ぶものよ」
「じゃあ、もう寝(ね)る」
もう、夜中です。今からまた書き始(はじ)めても、どうせ妖精(ようせい)が邪魔(じゃま)してくると思ったポルは、手紙のことはまた明日考えることにしました。
ランタンの灯(あか)りを消(け)そうと手を伸(の)ばします。すると、妖精(ようせい)が慌(あわ)てながら言いました。
「すてきな文章(ぶんしょう)が書けないんでしょ?」
「えっ?」
ポルは、驚(おどろ)いて妖精(ようせい)を見つめました。妖精(ようせい)は、なぜかポルの悩(なや)みを知っていました。
「おいらだって、がんばってるんだ。でも、みんなみたいな自分らしい一言(ひとこと)が思いつかないんだから。もう、どうしたらいいのさ」
妖精(ようせい)に言うことではないとわかっていましたが、夜遅(よるおそ)くまでがんばっても書けない自分に自信(じしん)がなくなっていたポルは、惨(みじ)めな気持(きも)ちになりながら、つい不満(ふまん)を言ってしまいました。
言ってから急(きゅう)に恥(はず)ずかしくなりました。もう寝(ね)てしまった方が良(よ)さそうだと思い、再(ふたた)びランタンを消(け)そうとします。
「じゃあ、寝(ね)る前におまじないだけしておいたら?」
「おまじない? なんの?」
「すてきな文章(ぶんしょう)を書くおまじないよ」
妖精(ようせい)が教えてくれたおまじないは、簡単(かんたん)なものでした。寝(ね)る前に書きかけの紙を本に挟(はさ)んでおくと、翌朝(よくあさ)にすばらしい文章(ぶんしょう)を思いつくというものでした。
それくらいならと、ポルは本棚(ほんだな)からペンウッドに借(か)りていた本を持(も)ってきて、本の間に書きかけの紙の束(たば)を挟(はさ)みました。
妖精(ようせい)は嬉(うれ)しそうに笑(わら)いながら、本の周(まわ)りを何回も飛(と)び回りました。その羽から綺麗(きれい)な粉(こな)のようなものが本に降(ふ)りかかります。ポルが眠(ねむ)くなってきた瞼(まぶた)でそれを見ていると、妖精(ようせい)はふっと消(き)えてしまいました。
「おまじないが効(き)くといいけどね」
妖精(ようせい)のおまじないを信(しん)じたわけではありませんが、少しだけ不安(ふあん)な気持(きも)ちが薄(うす)れました。ポルは、ゆっくりと眠(ねむ)りに落(お)ちていきました。
翌朝(よくあさ)、目が覚(さ)めたポルは妖精(ようせい)とのやりとりが夢(ゆめ)だったような気がしましたが、机(つくえ)の上に紙の束(たば)が挟(はさ)まった本が置(お)いてあるのを見て、おまじないのことを思い出しました。
妖精(ようせい)は、素敵(すてき)な文章(ぶんしょう)が書けるおまじないだと言っていました。ポルは、もしかしてと思いながら机(つくえ)に行って鉛筆(えんぴつ)を手に取(と)ると、昨夜(さくや)の続(つづ)きを書くために本に挟(はさ)んでおいた紙を抜(ぬ)き取(と)りました。
「なんで!」
悲鳴(ひめい)に近いような甲高(かんだか)い声でポルは叫(さけ)びました。既(すで)に起(お)きていたペンウッドが、慌(あわ)てて駆(か)けつけます。
「どうしたんだ、ポル。朝から大きな声で」
「だって、だって」
「だから、どうしたの?」
「全部(ぜんぶ)、消(き)えてる!」
なんと、ポルが夜遅(よるおそ)くまでがんばって書いた文字が、全(すべ)ての紙から消えていたのです。
ペンウッドが、それをのぞき込(こ)みながら首を傾(かし)げます。ポルが白紙を見ながら叫(さけ)んでいる理由(りゆう)がよくわかりません。
「あ、これ私(わたし)の本だね」
そう言いながらペンウッドは何気(なにげ)なく本をパラパラとめくりました。
「なに、これ!」
今度(こんど)はペンウッドが叫(さけ)びます。
どのページにも、まるで落書(らくが)きのように文字が散(ち)らばっているのです。ペンウッドは渋(しぶ)い顔をしながらポルに見せました。
「君のいたずらかい」
ポルは、何のことかわからず本を見ました。そして、気が付(つ)きました。これは、きっと、妖精(ようせい)のいたずらなのです。
まるで、本が手紙に書かれた文字を吸(す)い取(と)ってしまったようでした。本のあちこちのページにあるのは、確(たし)かにポルが書いた文字でした。一文字だったり、単語(たんご)だったり、文章(ぶんしょう)の切(き)れ端(はし)だったりと、もう本の中はめちゃくちゃでした。
せっかく書いた文章(ぶんしょう)が消えて無(な)くなってしまったり、ペンウッドに疑(うたが)われたりして、とても悲(かな)しい気持(きも)ちのポルでしたが、皮肉(ひにく)にも手紙に書く言葉(ことば)が頭に浮(う)かびました。
(魔法(まほう)のビー玉研究中(けんきゅうちゅう)。妖精のいたずらには気をつけよう)
まさに今の自分らしいなと、ポルは満足(まんぞく)しながら、ペンウッドに妖精(ようせい)のことを、必死(ひっし)に説明(せつめい)するのでした。
◇懐(なつ)かしさは魔法(まほう)によって◇
雪が降(ふ)り積(つ)もり、いつも見ている景色(けしき)は白く変(か)わっていました。
「ペンウッドさん。おいら雪かきをしてくるよ」
「ああ、頼(たの)む。それと、私(わたし)が作った雪かき棒(ぼう)が外にあるから使(つか)ってみて」
ペンウッドは、暖炉(だんろ)の前でなにやら小さな木材(もくざい)を削(けず)りながら言いました。
ポルは、今度(こんど)はなにを作っているのだろうと気にしながら扉(とびら)を開(あ)けて外に出ました。そして、思わず目をつぶりました。太陽(たいよう)に照(て)らされた真(ま)っ白(しろ)い景色(けしき)がとても眩(まぶ)しかったのです。
「なんて綺麗(きれい)な白い雪。ひんやり冷(つめ)たい、ああ寒(さむ)い」
歌うような口振(くちぶ)りで独(ひと)り言(ごと)を言いながら外に出たポルは、雪の上に足跡(あしあと)を付(つ)けるのを楽しんだ後、壁(かべ)に立てかけてあった雪かき棒(ぼう)を手に取(と)りました。
ペンウッドが作った雪かき棒(ぼう)は、見た目は長い棒(ぼう)の先に大きめなスコップが付(つ)いているだけでしたが、手元には何やらレバーが付(つ)いていました。ポルは雪をすくうと、何気(なにげ)なくレバーを握(にぎ)ってみました。
すると、驚(おどろ)くことに雪かき棒(ぼう)がしなり、すくった雪を勝手(かって)に遠くへ放(ほう)り投(な)げてくれました。ポルは、全(まった)く力を入れていません。ただレバーを握(にぎ)っただけです。
「すごいよ、これ! さすがペンウッドさん」
ペンウッドは自分のことを(作る人)だと言っていました。いろいろなものを作ったり、組み立てたり、なおしたりしています。最近(さいきん)のポルは、そんなペンウッドに憧(あこが)れていました。
ペンウッドが言っていました。作ることは、ひらめくこと。ひらめくためには学ぶこと。ポルも、毎日がんばっています。
雪かきは、順調(じゅんちょう)に進(すす)みました。雪の量(りょう)が多くて大変(たいへん)ではあるのですが、レバーを握(にぎ)って雪を放(ほう)るのが思いのほか楽(たの)しく、あっという間に家の前の雪は減(へ)っていきました。
ところが、突然(とつぜん)思いがけないことが起(お)こりました。
「うわあ!」
雪かき棒(ぼう)で放(ほう)った雪が、ポルのそばの大きな木にあたり、枝(えだ)に積(つ)もっていた雪がまとめて落(お)ちてきたのです。ポルは、雪に埋(う)もれてしまいましたが、それでも、がんばってビー玉を取(と)り出しました。魔法(まほう)のビー玉研究家(けんきゅうか)は、どんな時でも研究(けんきゅう)を欠(か)かしません。いつ、どんな魔法(まほう)が起(お)こるかわからないのですから。
「えっ」
ポルは、急(きゅう)に胸(むね)の鼓動(こどう)が大きくなるのを感(かん)じました。いつもと、ビー玉の様子(ようす)が違(ちが)うのです。
「ビー玉が光ってる!」
ポルが驚(おどろ)いて見つめていると、ビー玉は光りながら宙(ちゅう)に浮(う)かび上がり、そこに吸(す)い寄(よ)せられるように周(まわ)りの雪が集(あつ)まっていきました。
雪はどんどん固(かた)まっていって、あっという間(ま)に小さな雪だるまの形になりました。雪だるまには顔はありませんでしたが、鼻(はな)にあたる部分(ぶぶん)にポルのビー玉が埋(う)まっていました。
「やあ、こんにちは」
雪だるまが、陽気(ようき)な声で言いました。
突然(とつぜん)現(あらわ)れたしゃべる雪だるまにポルが戸惑(とまど)っていると、家の中からペンウッドが雪かきの様子(ようす)を見に現(あらわ)れました。
「ポル、そんなところで何をしてるの?」
ペンウッドがポルに近づくと、雪だるまが話しかけました。
「やあ、あなたはペンウッドさんでしたね。ビー玉の姿(すがた)の時に、お会いしましたね」
しゃべる雪だるまに驚(おどろき)き、目を見開(みひら)いて見つめたまま、ペンウッドの動(うご)きが止まります。
「雪だるまが、しゃべってる……」
「雪だるまではなく、なつかしさの妖精(ようせい)ルルットですよ」
「妖精(ようせい)なの?」
尋(たず)ねたのは、雪に埋(う)もれたままのポルでした。妖精(ようせい)なら今までにも会ったことがあるので、そんなに驚(おどろ)くことではありません。
「正確(せいかく)には、ある年老(としお)いた魔法使(まほうつか)いが妖精(ようせい)の魔法(まほう)の力を借(か)りて私(わたし)を作りました。ほら、その証拠(しょうこ)に私(わたし)の気配(けはい)を感(かん)じて妖精(ようせい)たちがやってきましたよ」
いつの間にか、三人の妖精(ようせい)たちが現(あらわ)れて、ルルットの周(まわ)りを飛(と)び回ります。
ポルが、「あっ」と呟(つぶや)きます。ようやく、わかったのです。何度(なんど)も妖精(ようせい)が現(あらわ)れたのは、ビー玉の魔法(まほう)が原因(げんいん)だったのです。思い返(かえ)してみれば、確(たし)かにビー玉を取(と)り出した時に妖精(ようせい)は現(あらわ)れていました。
飛(と)び回る妖精(ようせい)たちに囲(かこ)まれながら、ルルットが話しを続(つづ)けます。
「その魔法使(まほうつか)いは、雪を見ていると何だか寂(さび)しい気持(きも)ちになって、昔(むかし)のことを思い出すことが多かったのです。そこで、私(わたし)を作って懐(なつ)かしい気持(きも)ちになれる魔法(まほう)を使(つか)わせたのです」
「ふーん」
懐(なつ)かしさというものがよくわからないポルは、そっけない返事(へんじ)をしながら雪の塊(かたまり)から抜(ぬ)け出すと、地面(じめん)に落(お)ちている小さな枝(えだ)やら石やらを拾(ひろ)ってルルットの顔にくっつけました。目と眉毛(まゆげ)と口ができました。ついでに、木の枝(えだ)も刺(さ)して腕(うで)にします。
「ほら、もっと雪だるまっぽくなった」
「いえ、雪だるまではありません。なつかしさの妖精(ようせい)ルルットです」
正確(せいかく)にはルルットは妖精(ようせい)ではないようですが、ポルは、いつもいたずらされる妖精(ようせい)にお返(かえ)しができた気がして嬉(うれ)しく思いました。そんな光景(こうけい)を見て驚(おどろ)いているのはペンウッドでした
「ねえ、ポル。魔法(まほう)とか妖精(ようせい)のことだったらフィロに相談(そうだん)した方がいいと思う」
「大丈夫(だいじょうぶ)だよ、ペンウッドさん。妖精(ようせい)なら、おいら何回も会ったことあるんだ」
「そ、そうかい。だったら任(まか)せるけど」
ペンウッドが少しずつ離(はな)れていくのを見ながら、ポルは考えていました。魔法(まほう)のビー玉のことです。今、ビー玉はルルットの鼻(はな)になっています。つまり、ビー玉の魔法(まほう)でルルットが現(あらわ)れたのか、魔法(まほう)のビー玉がルルットなのか。考えると、よくわからなくなってきました。
魔法(まほう)のビー玉研究家(けんきゅうか)として、ポルはルルットに言いました。
「ねえ、おいらのビー玉返(かえ)して」
「えっ? ビー玉は私(わたし)でして……。返(かえ)すというのは、私(わたし)を渡(わた)すということでしょうか。実は、私(わたし)が魔法(まほう)を使(つか)うには手に乗(の)っけていただく必要(ひつよう)がありまして。では、よろしいですか?」
「やだ」
ポルは、さっと手を後ろに隠(かく)しました。妖精(ようせい)たちと同じように、いたずらをされると思ったのです。
「それでは、ペンウッドさんで」
ルルットはふわっと飛(と)び上がると、ペンウッドの胸元(むなもと)にやってきました。
「さあ、昔(むかし)のことを思い出して、私(わたし)を手に乗(の)せてみてください。懐(なつ)かしい、子供(こども)の頃(ころ)のことでもいいと思いますよ」
ペンウッドはルルットを手に乗(の)せるのをためらいながらも、雪を見てるうちに子供(こども)のころのことを思い出していました。無邪気(むじゃき)に雪を投(な)げ合っていたような幼(おさな)い頃(ころ)です。
「なつかしいな」
そう呟(つぶや)いた時には、自然(しぜん)にルルットを手のひらに乗(の)せていました。
すると、不思議(ふしぎ)なことが起(お)こりました。降(ふ)り積(つも)もった雪が舞(ま)い上がり、固(かた)まっていき、やがて二体の子供(こども)の姿(すがた)をした雪像(せつぞう)が現(あらわ)れたのです。
「ああ、みんな……」
ペンウッドは雪像(せつぞう)に近づいていきました。そこにあったのは、子供(こども)の頃(ころ)、いつも一緒(いっしょ)に遊(あそ)んでいた懐(なつ)かしい友達(ともだち)の姿(すがた)でした。
ルルットはペンウッドの手から浮(う)かび上がると、雪の上に降(お)りました。
「私(わたし)の魔法(まほう)は、いろいろな人に昔(むかし)を思い出してもらい、懐(なつ)かしさを感(かん)じてほしいという魔法使(まほうつかい)いの想(おも)いから作られました。春になり雪が溶(と)けて私(わたし)がビー玉だけになるその時まで、私はあちらこちらに行って皆(みな)さんに声をかけることでしょう。それでは、さようなら」
ルルットと名乗(なの)った雪だるまは、そのままどこかへ妖精(ようせい)たちと一緒(いっしょ)に滑(すべ)って行ってしまいました。
◇本当の気持(きも)ち◇
レンゲソウの花が咲(さ)く野原で、ポルは摘(つ)んできた野いちごが入ったカゴを横(よこ)に置(お)いて、仰向(あおむ)けに寝(ね)ころんでいました。
冬が終(お)わり、春になりました。暖(あたた)かいそよ風が、ポルの鼻(はな)を撫(な)でていきます。
魔法(まほう)のビー玉は、もうポルのところにはありません。ルルットが言っていたように、暖(あたた)かくなって雪が溶(と)けるのと一緒(いっしょ)にルルットも溶(と)け、またどこかにビー玉だけ落(お)ちていることでしょう。
それは、川の中かも知れませんし、どこかの草むらの中かも知れません。
ポルは、鞄(かばん)からノートを取(と)り出しました。そこには、川でビー玉を拾(ひろ)ってから今までのことが書いてありました。思い返(かえ)せば、妖精(ようせい)たちや(すばらしい棒(ぼう))などによって、いろいろな出来事(できごと)がありました。それは過(す)ぎ去(さ)ってはまたやってくる季節(きせつ)とは違(ちが)い、めぐってくることのない思い出となりました。
ポルは、そのノートのことを(思い出ノート)と呼(よ)んでいました。(思い出ノート)を書くようになったのは、ルルットが消(き)えたあの日に(なつかしさ)というものがわからずにいたポルへ、ペンウッドが言った言葉(ことば)がきっかけでした。
~ポル。君(きみ)が経験(けいけん)した出来事(できごと)は、やがていつか思い出になる。懐(なつ)かしさはね、それをふと思い出すきっかけに触(ふ)れたとき、感(かん)じるものなんだよ。それは久(ひさ)しぶりに会う人であったり、引き出しの中から見つけた昔(むかし)の写真(しゃしん)だったり、手紙だったりね。ポル、ノートに思い出を書き記しておくといい。記憶(きおく)だけではなく、文字にして残(のこ)しておけば、いつかまたそのページを開(ひら)いたとき、君(きみ)はなつかしさを感(かん)じるかも知れないよ~
あいにく、今はまだ(思い出ノート)のページをめくっても、懐(なつ)かしさらしきものは感(かん)じません。ただ、日記のように、その出来事(できごと)を思い出すだけです。
「よく、わかんないや」
ポルは、カゴの中から野いちごをつまむと、また寝(ね)ころびました。紫色(むらさきいろ)のレンゲソウの花が咲(さ)き広がる野原に、ゆっくりと時間が流(なが)れていきます。
うとうとと眠(ねむ)りかけるポルでしたが、ふと誰(だれ)かの声が聞こえた気がして目を開(あ)けました。そして、起(お)きあがってみると、知らない男の人が立っていました。
「やあ、君(きみ)はこのあたりに住(す)んでいるのかい? 僕(ぼく)は旅人(たびびと)でね、このあたりをちょうど通りかかったら君(きみ)の姿(すがた)が見えたので、声をかけてみたんだ」
「えっ!」
ポルは、驚(おどろ)いて大きな声を出してしまいました。なんと、旅人(たびびと)がやってきました。
「はい、おいらの家はすぐ近くです。みんなの手紙、預(あず)かってもらえますか?」
緊張(きんちょう)しなら慌(あわ)ててしゃべるポルの様子(ようす)を見て、旅人(たびびと)が笑(わら)います。
「手紙? ああ、いいよ。旅人(たびびと)はそういうこともしてるからね。でも、私(わたし)は、こうして旅の途中(とちゅう)で出会った人と話をするのが好(す)きなんだ。ねぇ、君(きみ)のことを聞かせてくれないか?」
そういうと、旅人(たびびと)はポルの横(よこ)に座(すわ)りました。
「もちろんです。聞いてくれますか? あっ、これどうぞ。野いちごです」
ポルは、野いちごが入ったカゴを旅人(たびびと)との間に置(お)くと、自分も座(すわ)りました。そして、ゆっくりと、話し始(はじ)めました。
それは、ビー玉を拾(ひろ)ってからの出来事(できごと)であり、ポルの気持(きも)ちであり、思い出でした。
いたずら好きな妖精(ようせい)たちとは、ビー玉が無(な)いのでもう会えません。ポルを成長(せいちょう)させてくれた(すばらしい棒(ぼう))も、今はありません。
それでも、ポルはポルらしく思い出を大事(だいじ)にしながら仲間(なかま)たちと過(す)ごしています。やがて、すばらしい自分になるその時まで。
「そうだ」
話し終(お)えたポルは、ふいに手紙を書き直したくなりました。ようやく、何を書けば良(よ)いのか本当にわかった気がします。しかも、今すぐに書かなければなりません。なぜなら、手紙で伝(つた)えたいのは、物語(ものがたり)を伝える喜(よろ)びを感(かん)じた今の気持(きも)ちなのですから。
「旅人(たびびと)さん。少し、待(ま)っていてください」
「ああ、いいとも」
ポルは鞄(かばん)から紙と鉛筆(えんぴつ)を取(と)り出すと、思い出ノートを下敷(したじ)きにして今の気持(きも)ちを書いてみました。それは、短(みじか)い文章(ぶんしょう)ではありますが、しっかりとしたポルらしい気持(きも)ちでした。
(君(きみ)に会って話したい)
手紙ができあがりました。
「お待(ま)たせしました。それじゃ、おいらの家に来てください。みんなの手紙を渡(わた)したいんです。それと、野いちごでタルトを作りますね。おいら、紅茶(こうちゃ)を淹(い)れるのも上手(じょうず)なんですよ。庭(にわ)も、見てください。春になって綺麗(きれい)な花がたくさん咲(さ)きましたし、畑(はたけ)に植(う)えた野菜(やさい)の種(たね)も、芽(め)がたくさん出てきたんです」
「伺(うかが)わせてもらうよ。ありがとう」
その後、旅人(たびびと)を家に招(まね)いてもてなしたポルは、ペンウッドからみんなの手紙を受(う)け取(と)って旅人(たびびと)に渡(わた)しました。そして、ポルも書き直した手紙を封筒(ふうとう)に入れて渡(わた)しました。
「なんか、おいらの手紙だけ、何の工夫(くふう)もないや」
ポルはちょっとだけ残念(ざんねん)でしたが、それは諦(あきら)めることにします。
「それじゃ、野いちご風味(ふうみ)な手紙を預(あず)かっていくね」
「えっ? 野いちご風味(ふうみ)?」
「そうさ、君(きみ)からもらったのは、甘酸(あまず)っぱくておいしい野いちごと手紙だからね。だから、私(わたし)が誰(だれ)かに君(きみ)の手紙を届(とど)けるときは、野いちごを食べながら聞かせてもらった君(きみ)の物語(ものがたり)を一緒(いっしょ)に伝(つた)えてあげる。だから、野いちご風味(ふうみ)な手紙。君(きみ)だけの特別(とくべつ)な手紙でしょ」
ポルの表情(ひょうじょう)が、パッと明るくなります。
「うん、そうだね!」
いつか誰(だれ)かに届(とど)くに違(ちが)いないポルの物語(ものがたり)。きっとそれは、すばらしい宝物(たからもの)になることでしょう。